2016年09月05日

重なり岩・岩倉

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帯掛明神と重なり岩
出雲の国から乳飲み子を背負って、厳島まで旅をして永住された市岐島姫命が、この場所で休憩されたとき、背負っていた帯を掛けられたと言われ「帯掛け明神」として祀られています。
そんな伝説のある重なり岩ですが、最近では落ちない不思議な岩としてナニコレ百景でも紹介されました。

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左の写真は向かって右側面、右の写真は左側面ですが広角レンズで写しています。この落ちそうで落ちない岩は「パワースポット」としての人気も高まり、受験生の方などお参りされているようです。


津和野街道と重なり岩
遊石稿(ゆうせきこう)は、江戸時代に頼杏坪が竹原から津和野、益田への旅を書いた著書です。その書によれば、
「路上には巨石が二つ崩れるようによりかかっている」
「石の下には小店があるが寄らずに行く」と書かれています。
このことから、
当時の街道(津和野街道)はこの岩の場所か少し下、現在の路より上を通過していたと考えられます。近くの人にお店の話しを聞くと「前の畑くらいにあったのでは」と言われていました。


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階段の横には絵馬がたくさんかかっています。
遊石稿 頼杏坪(らいきょうへい)
竹原生まれの広島藩士、あの芸藩通誌をまとめられた頼春水の弟で三次の代官も務められています。
(頼山陽の叔父)
Hirokane




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2016年07月30日

岩船の水・浅原

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撮影28年7月
岩船の水とは茶道上田宗箇流の祖、広島浅野藩の家老であった上田宗箇が愛した名水として知られています。上田宗箇はこの地浅原に隠棲し、茶三昧の暮らしをしていたと伝えられています。
Hirokane
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2016年05月03日

古文書・中道

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撮影2004年
佐伯・広兼の祖とも言える佐伯先所広兼、佐伯六星合陸(ほしあろく)、琳聖太子について書かれている古文書です。
巻物になっており古いので初めの少しだけほどき写真にとりました。
Hirokane
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